本田技術研究所 CMFデザイナー 落合愛弓(33)
「上質な、ホテルのタオルを日常で使うような感覚のものを作りたい」
ホンダを代表するコンパクトカー「フィット」の4代目開発がスタートすると、プロジェクトリーダーから繰り返し、こう言われました。2015年のことです。
自動車のCOLOR(色)、MATERIAL(素材)、FINISHING(加工)をデザインするのが仕事です。フィットのグランドコンセプトは「心地良さ」。清潔でさらりとした肌触り、ほのかに漂うせっけんの香り、ふっくらとしたリネンに包まれる感覚……、何げない暮らしをほんの少し豊かにするイメージを持ちました。
フィットは入社して10年以上、乗っています。使い勝手が良く、買い物の足となり、生活の一部となり、気づいたらそこにいるという身近な存在。車の開発というと、機能や装備、仕様などに注目が集まりがちですが、今年2月に販売を開始したフィットは、そうした「数量的な価値」よりも、視覚、触覚、聴覚など感性を重視しました。「自分はこれが好き」というユーザーそれぞれの感覚で選べる車づくりを目指しました。
自分の世界観を超える力を育む
過去には、S660、アキュラ、レジェンドなどの車種に携わってきました。高級スポーツカーのNSXを担当したときは、「提案したアイデアがNSXの世界観にまったく合っていない」と厳しく指摘されました。自分なりに一生懸命考え、高級スポーツカーの世界をイメージしたはずだったので、悔しかったですね。
NSXの世界観を創るために、いくつかの国を訪れる機会があり、F1世界選手権レースのモナコグランプリを体験しました。生死のギリギリで繰り広げられるレースと、観客席の最前列で談笑するセレブを目の当たりにしたとき、自分の想像の範疇を完全に超えていることに気づかされました。この経験から、自分のアイデアに固執するのではなく、プロジェクトチームを信頼し、自らの創造性を鍛えて、コンセプトに寄せていくということを心がけるようになりました。
人間関係はデザインに表れる
武蔵野美術大でテキスタイルを専攻し、就活でホンダのインターン(就業体験)に参加しました。自動車に特別な興味があったわけではなく、当時は「セダン」の意味も知りませんでした(笑)。「自動車のこと、もっと勉強したほうがいいですよね」と尋ねると、インターンの担当社員から「そんなことより、君のセンスを磨いてほしい」と言われました。その言葉を聞いて、この会社いいな、こんな人たちと仕事がしたいな、との思いを強くしました。
色や素材を決めるデザインの仕事に大切なのは、「人間関係」です。感性の領域ですから、例えば、ボディーカラーは白やシルバーだけでなく、赤がいい、ピンクがほしい、黄色がスポーティーだ、という意見も出ます。これに、「私はそう思わない」と突っぱねても、納得してもらえません。まず、話を聞くように心がけています。色のこだわりは、それぞれの思い入れや経験によって異なるため、なぜ好きなのかの本質を深掘りすると、思わぬ発見やアイデアが生まれる可能性があります。
デザイン途中の車を見ると、そのチームの人間関係が分かるような気がします。チームのメンバー全員が同じ方向を向いているか、まだ、ばらばらでワンチームになっていない状態か。車は一人では作れません。そういう人間関係が、最終的にはデザインに表れると思います。
在宅ランチがテレワークに彩り
ランチは、社員食堂の日替わり定食やカレーうどんがお気に入りです。普段はデザイナーの同期10人ほどが集まって、テレビドラマや芸能を話題にしながら、にぎやかに食事をしています。大学時代からの知り合いもいて、もう10年以上一緒にいる家族のような存在です。嫌なことがあっても、次の日には、一緒にランチを囲んでいます。最近は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴うテレワークのため、在宅ランチです。
フィットの開発チームに入って以来、自宅でも「心地良い」過ごし方とは何かを考えています。南向きの大きな窓が気に入って住むようになった部屋で、さんさんと差し込む光と観葉植物に囲まれ、トマトと菜の花のサラダ、パン、ヨーグルトを並べたプレートは在宅勤務に彩りを与えてくれます。家具や食器、リモコンなど無意識に置いている場所を見直すだけで、快適度がぐっと上がることがあります。こうしたちょっとした工夫が、「心地良さ」をデザインする仕事に通じると考えています。
気張らず、気負わず、等身大
“男社会”と言われる自動車業界ですが、若手の女性デザイナーが増えつつあります。自分が会議などで何げなく発した言葉に、「そんなふうに考えたことなかった」「そんなことがあるんだ」と驚かれることもあります。自分にとって当たり前と思っていたことが、誰かの気づきやアイデアの素になることがうれしかったですね。
等身大の自分でも役に立つことができる。気張らずに、気負わずに、そのままでも存在意義はあって、自分を生かせる場がきっとある、と思っています。
(取材・鈴木幸大、撮影・稲垣純也)
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生き生きと働く女性をクローズアップする「働く女のランチ図鑑」。職場での仕事ぶりや気になるランチの様子をお届けします。
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